二十四話 欲望の匂い
自分の中の何かが崩壊していく。冷静な思考が上書きされていくと、ドクンと心臓の音が飛び跳ねた。頭に熱がこもっていくと、全身へと回るように広がっていく。 「はぁはぁ……」 苦しそうな表情を浮かべる俺を、見下ろしている人物がいる。ああ、レイングか。倒れた俺の看病をしてくれているのだろうか。冷たいタオルで額を拭ってくれている。 「……レイング」 朦朧とした意識の中で、彼の名前を呼んでみると、ぎゅっと手を握りってくれている。自分がどうにかなりそうで、不安に押しつぶされている俺を支えるように。 「ハウエル様の様子はどうです?」 「意識はあるみたいなのですが、急に苦しみ出して……」 「そうですか。なら私の新薬を飲ませてみましょうか、落ち着きますよ」 レイングはグレイの出してきた青い錠剤を手にすると、自分の口に水と薬を含んで、俺に飲ませていく。 最初はつっかえそうになって、むせてしまったが、何回か繰り返すと、ようやく飲み込む事が出来た。 「飲みましたね? 後は私が看病するので、貴方は休みなさい。明日も騎士団の勤めがあるでしょう」 「しかし!」 急に立ちあがろうとするレイングの手を引いて、自分の顔に近づけさせていく。薬のお陰なのか、やっと言葉にする事が出来た。 「俺は……大丈夫。レイングは自分の事を優先して欲しい。俺の我儘……聞いてくれるよな?」 今出来ることは、これ以上、心配かけないようにする事だった。やっと蟠りが解けそうなのに、ややこしい事になって欲しくない気持ちが膨らんでいた。俺の気持ちを理解したのか、頷くと自分の居場所へと戻って行った。 グレイと二人きりになった俺は、彼にも感謝を示すと、眠気が漂ってきた。少し眠る事にしよう。 目を閉じ、微睡んでいると、ゴソゴソと誰かの手の感触が俺の頬を撫でている。その指先からは欲情の色が滲み出てきた。誰の手なのだろうかと、薄目を開けてみるが、ぼんやりとしてよく見えない。<二十四話 欲望の匂い 自分の中の何かが崩壊していく。冷静な思考が上書きされていくと、ドクンと心臓の音が飛び跳ねた。頭に熱がこもっていくと、全身へと回るように広がっていく。 「はぁはぁ……」 苦しそうな表情を浮かべる俺を、見下ろしている人物がいる。ああ、レイングか。倒れた俺の看病をしてくれているのだろうか。冷たいタオルで額を拭ってくれている。 「……レイング」 朦朧とした意識の中で、彼の名前を呼んでみると、ぎゅっと手を握りってくれている。自分がどうにかなりそうで、不安に押しつぶされている俺を支えるように。 「ハウエル様の様子はどうです?」 「意識はあるみたいなのですが、急に苦しみ出して……」 「そうですか。なら私の新薬を飲ませてみましょうか、落ち着きますよ」 レイングはグレイの出してきた青い錠剤を手にすると、自分の口に水と薬を含んで、俺に飲ませていく。 最初はつっかえそうになって、むせてしまったが、何回か繰り返すと、ようやく飲み込む事が出来た。 「飲みましたね? 後は私が看病するので、貴方は休みなさい。明日も騎士団の勤めがあるでしょう」 「しかし!」 急に立ちあがろうとするレイングの手を引いて、自分の顔に近づけさせていく。薬のお陰なのか、やっと言葉にする事が出来た。 「俺は……大丈夫。レイングは自分の事を優先して欲しい。俺の我儘……聞いてくれるよな?」 今出来ることは、これ以上、心配かけないようにする事だった。やっと蟠りが解けそうなのに、ややこしい事になって欲しくない気持ちが膨らんでいた。俺の気持ちを理解したのか、頷くと自分の居場所へと戻って行った。 グレイと二人きりになった俺は、彼にも感謝を示すと、眠気が漂ってきた。少し眠る事にしよう。 目を閉じ、微睡んでいると、ゴソゴソと誰かの手の感触が俺の頬を撫でている。その指先からは欲情の色が滲み出てきた。誰の手なのだろうかと、薄目を開けてみるが、ぼんやりとしてよく見えない。
二十三話 違う色 俺は言葉の重要性を履き違えていた。いつも自分の事ばかり考えていたからだろう。自分の吐く言葉が、キャラクターにどんな変化を与えるのかを理解出来ていなかったのかもしれない。 それを知るのはまだ先の事だ。少しずつ友好関係を結んでいたはずなのに、歪みが出来始めていた。 レイングが部屋を出てから、随分と時間が経過した。最後の彼の言葉を、何度も何度も頭の中でリピートしている。 何を示しているのか、どうしてあんな事を言ったのか分からない。それはレイングだけが知る秘密の一つなのかもしれない。 掴まれた腕が熱くなって、冷めてはくれない。まるで彼の感情が炎を作り、俺自身に注がれているような感覚だった。 俺は目を瞑りながら、頭の中で整理をしている。自分がこれ以上、パンクしない為の処置だった。切ない瞳が、いつまでも俺の心を掴んで離す事はなかった。 吸い込まれるように、眠気が襲ってくる。うつらうつらと時の流れを感じながら、意識を手放した。 いつまでも好き勝手していてはいけないと、エンスから仕事を貰った俺は、大量の資料を抱えながら、騎士団へと向かった。この書類は所謂、給料の明細に当たるものだ。全てを計算して、不備がないかを確認し、一人一人に渡していく。本来なら王子がする仕事ではない。 最初は、自分の立場を考えて欲しいと止められたが、コミュニケーションを図る為だと、言いくるめる事が出来た。こんな、あっさり引き下がるとは考えていなかったが…… 「おはようございます、ハウエル様」 「おはよう、グレイ」 騎士団で一日の騎士達の体調管理を任されているグレイが声をかけてくると、柔らかな表情で対応する。 最初はいかにも作り笑顔って感じだったが、一度、慣れてしまえばお手のものと言った所だ。 彼は長い髪を一つ括りにしている。騎士団に所属している者は皆、髪が短いが、彼だけは例外だった。他の部署にも自由に出入りが出来るようで、エンスの所で見かける事も多々ある。
二十二話 レイングの忠告 いつの間にか閉館時間がきていた。自分で思っていた以上に、集中していたらしい。現実で生きていた時の俺は、ここまで集中した事がなかった。環境が変われば、ここまで変化するのかと、驚いた程だ。 スタスタと部屋へ戻ろうとしていると、ふと中庭に目線がいく。そこには楽しそうに話をしているラウジャとメリエットがいた。どうやら今日の仕事は終わったらしい。彼達が何をしているのかは、分からないが、きっと魔法に関する事だろう。 ラウジャの笑顔を見ていると、安心する。その相手がメリエットと言うのが癪だが、仕方ない。彼にとってメリエットは兄弟子だから、仲がいいのも納得出来る。 それでも二人の親密そうな姿を見ていると、もやもやしてしまう。こんな事に気づかれたら、また弄ばれてしまうに決まっている。 二人とは距離があるが、心の声が何処まで届くかは不透明だ。早く消えろと念じながら、感情を無にしていく。 「くすくす」 「どうしたのですか、メリエット様」 急に笑い出したメリエットを不思議そうな目で見てくるラウジャ。彼には音を聞き分けれない。だからこそ、メリエットは自分の権限のように楽しんでいる。 ラウジャに出来ない事があるのは、珍しい事だった。何なく卒なくこなしていく優等生に勝利した気分が心地よかった。 チラリとメリエットは俺の方に視線を向けると、掌をひらひらと動かした。 あの時のメリエットの様子を思い出しながら、ベッドの上に転がっている。何を考えているのか掴めない、彼の正体を探ろうとしている自分がいた。 別に恋をしている訳ではない。それでも、あの匂いが俺の体に纏わりつきながら、記憶として保管されていく。 がああ、と小さく唸ると、現実を拒否するように頭を掻き出した。一人で抱え込んでいても、何も変わらないのに。 コンコン—— 扉を叩く音で、我に返る。悶えていた自分をかき消すように、身なりを整えると、何事もなかったように、開けた。
二十一話 情報の保管場所 この数日間、慌ただしい日々だった。何処にいてもラウジャとレイングの目が光っていて城の中を自由に動けない状況が続いていたからだ。メリエットが登場した事で、これ以上、他の人が近づかないように、警戒しているように見える。 元々、モテるタイプじゃないのに、そこまで躍起にならなくてもいいと思うのだが、俺の言葉は二人には届かない。 そんな二人を見ていたエンスは、仕事をほっぽり出しているレイングに騎士団副団長として、行動を考えるようにと叱り、ラウジャに対しては俺の世話係を外したと告げた。急な話に二人はショックを受けているようで、渋々と俺から離れていったんだ。 一人の時間も大切だ。メモリアルホロウの事を今以上に知る為には、必要なのだから。沢山の書物を揃えている場所、現代で言えば国家の事を取り扱っている図書館があるが、そこよりも大きい。そこに行くと、見た事のない字で過去の事が書かれている。中には御伽話のような表現をしている書物もあった。視覚から入ってくる文字は読めないが、脳裏の中で変換しながら、語りかけてくれる。こんな機能があるのなら、現実にも欲しいものだ。 一つの本を手に取ると、並べられている椅子に座り、読みふける。いつの間にか時間を忘れて、読書をしている自分が懐かしくて仕方なかった。文章はいつも俺のそばにある。書かれたものは、今まで読んだ事のない話ばかりで、面白く感じている。 「ハウエル、偶然だね。君も読書をしに来たの?」 集中していたのに、水をさされた。物語の中で冒険をしていた俺を呼んだのは誰なんだ。一言、言ってやろうと振り返ると、そこにはメリエットがニンマリ佇んでいる。 「げっ」 つい言葉に出してしまった。出さなくても、彼には心の声が読めるのだから、仕方ないが…… 「そんなに嫌がらないでよ、傷つくなぁ」 「……邪魔をしないでくれ」 「ふふ。何の本、読んでるの?」 ヒョイと顔を覗かせて、内容を確認してくる。俺の顔とメリエットの顔が予想以上に、近づきすぎて、耐えられない。メリエットのス
二十話 三人目の台風 三時間が経過している。寝ていた方がいいのに、結局、言う事を聞かずに、俺の側に痛いと言い張って、俺の部屋へいる事になった。了承した訳でもないのに、婚約したといい張っている二人を見ていると、頭が痛くなっていく。 自分に正直になれば、凄く嬉しい。だけどまだ何も決めていないのに、話だけが進んでいる。それが気に食わない。真面目すぎると言われて、二人に叱られたが、結局は二人は言い合いながら、喧嘩に発展している。 「旦那様は僕のだよ。どうして君にそこまで言われなくちゃいけないんだよ」 「はぁ? ハウエルの婚約者は俺だ。お前の方こそ勝手に決めるなよな」 周りから尊敬されている二人が俺の事で争うなんて誰が考えただろう。止める人は俺しかいない。何回も仲裁に入ろうとしたが、結果は惨敗。次こそ、ちゃんと止めなければ…… 脳裏に起こるエンスの表情が浮かんでくる。ここで粗相をしたら、後がないんじゃないのかと身震いをした。 「……それなら、二人とも婚約者になればいいんじゃないかな?」 ドアが開いていたようで、廊下から誰かの声が響き渡る。その考えがあったかと、腑に落ちた二人は幸せそうに笑い始めた。 「入るよ……」 「「メリエット様」」 紫髪でローブを羽織っている青年がそこにいた。ふんわりと微笑むと、周囲を虜にする魅力を持っている。見た事のないキャラクターの出現に驚きながら、彼のプロフィールを確認する事にした。 画面に情報が映ると、こう書かれている。 【ハウザ・メリエット エリスの弟子の魔術師 ラウジャからしたら兄弟子になる 人の心を虜にする魅了を持っている人材 魔法全般は使用可能 手ぐせが悪く、少しでも好意の匂いがすると、男なら誰でも受け入れる】 新しいキャラクターが追加されたと言う事は、もしかしてラウジャのシナリオを攻略したのだろうか。しかし攻略したとの表記が出てこない。それならこれは一体、どうなってい
十九話 爆弾発言 目を覚ましたラウジャが最初に見たのは、俺の顔だった。それから、ずっと見つめられている。視線を逸らしても、ピクリともしない。まるで魂が抜けているように見えた。 「ラウジャ、大丈夫か? 痛い所は……」 続きを言葉を言う前に、彼が急に抱きついてくる。わんわんと子供のように泣きじゃくりながら、俺の胸元を濡らしていった。 一体、彼に何が起きているのか理解出来ない俺は、焦りながらも、彼の受け皿になろうと必死だった。顔色は悪くない。むしろ血色が戻っている。彼の様子を見ていると、どうやら呪いは秘薬によって消滅したようだ。 「旦那様、旦那様。僕は、僕はっ」 さっきから言っている事が変だ。俺の事を名前で呼ばずに、旦那様と呼んでいる。いつから自分が彼の旦那様になったのかさっぱり、身に覚えがない。 「ちょっと、落ち着こう。ラウジャ、大丈夫だから……俺が分かるか?」 ラウジャが安心出来るような空間を作り出していくと、我に返ったようで、落ち着き始めている。涙を拭くものがなかったから、俺の胸元になすりつけていたけど…… こういう時にハンカチでも持たせとけよ、とこのゲームの制作者に言いたい。伝わる訳ないだろうが、もしこの状況と俺の声を聞いていたら、次からはちゃんとしてほしいものだ。 「すみません、急に泣いてしまって……昔言われたのです、呪いにかかる時が来ると予言がありまして、その呪いを解けるのは将来の旦那様になる人だと……」 どうやら自分が倒れ込んだ事も、全て記憶が残っているらしい。第三者視点で見せられているように、感じていたらしい。それも呪いが原因なのだろうか。 全てを解き明かす事は出来ないが、とりあえず彼を救う事が出来て、安心している自分がいる。あのまま、帰らぬ人になっていたら、後悔しか残らないから、余計にだ。 「ありがとうございます、旦那様」 「……その呼び方はやめて欲しいな」 急に旦那様と言われても、自分に対して言っているようには思えない。俺が言われ慣